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東京高等裁判所 昭和34年(ラ)413号 決定

申立人 原岩雄

相手方 山本駒之助

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、原決定を取り消しさらに相当の裁判をなすべきことを求め、その理由として主張するところは別紙記載のとおりである。

そこで調べてみるに、

1、相手方は、昭和三十四年五月二十三日抗告人を被告として、抗告人と相手方間の東京地方裁判所昭和二十四年(ノ)第五三九号建物収去土地明渡調停事件の調停調書の執行力の排除を求めて同裁判所に請求異議の訴を提起し、同時に右債務名義にもとづく強制執行の停止決定を求め、同裁判所が右申立を認容し、相手方に保証を立てさせたうえ、同月二十五日前記債務名義にもとづく強制執行は本案判決があるまでこれを停止する旨の決定をしたこと、

2、相手方が執行力の排除を求めている債務名義である調停調書は、前記調停事件(抗告人が原告で相手方が被告である東京地方裁判所昭和二十四年(ワ)第一六三五号建物収去土地明渡請求事件が調停に付されたもの)において、昭和二十五年一月二十六日成立した調停の合意を記載したとされているもので、その調停条項はつぎのとおりであること、

一、原被告間における本件東京都墨田区東両国四丁目五番地十二所在宅地三十二坪三合二勺に対する賃貸借は、昭和三十三年十二月末日限り合意解除し、被告は原告に対し後記第二項の家屋の買取り代金の支払と同時に、該地上に所在の別紙目録記載の家屋より退去して該土地を明渡すこと、

二、右の場合、原告は被告所有の前記第一項記載の土地上に存する部分(右の部分と被告の保有する家屋との間に被告に於て障壁を作ること)の被告所有の家屋を買取ることとし、其の価格(右のシキリの分も含む)は当事者双方に於て協定し、右協定が成立せざる場合は、双方合意の上当裁判所々属の鑑定人中裁判所の選任した鑑定人一名の鑑定価格による事

(第三項ないし第六項は省略)

別紙目録

東京都墨田区東両国四丁目五番地拾弐所在

一、木造トタン葺二階建店舗兼住宅 壱棟

建坪 拾参坪〇五合六才

外二階 九坪参合九勺五才

(但実測)

以上

3、相手方は、右調停の合意が有効に成立したものでなくしたがつて調停条項に定められた抗告人の相手方に対する建物退去土地明渡請求権は発生していないと主張し、その異議の原因としてあげている事項は、

(イ)  相手方は、調停条項記載のような賃貸借契約合意解除の意思表示を含む調停の合意をしたことはなく、そのような合意をする権限を訴訟代理人に与えた事実もないこと。

(ロ)  仮りに右合意が成立したとしても、つぎの理由により無効であること。すなわち、元来相手方所有の家屋は、抗告人からの借地(調停条項第一項の宅地三十二坪三合二勺)と金田某からの借地十三坪六合の両地にまたがつて建築されている一棟の建物であつて、そのそれぞれの部分が独立して建物としての効用を全うし得るようなものでなく、相手方と抗告人が区分所有権をもつことは不可能であり、登記手続上からしても、区分所有権の登記を受けることができない関係にある。右のように、区分所有権が認められないとすると、一部買い取りによる法律関係がどうなるかについて、調停条項には明確な定めがないことに帰するわけであり、また前記調停は、調停条項第二項に記載してある家屋の一部の所有権が買い取りの結果抗告人に移転することを前提とするものであるのに、その前提要件を欠くことになるわけである。なお、相手方は、多年右家屋で風呂桶の製造販売業を営んできたものであるが、仮りに相手方と抗告人とに区分所有を認めることになれば、前記家屋のうち相手方の所有となる部分だけでは、右の営業をつづけることは不可能とならざるを得ない。このようなことを了承して相手方において前記のような調停の合意をするはずはなく、ひつきよう前記調停の合意は契約の要素に錯誤がある場合に該当すること。

その他であること

は本件記録によつて明らかである。

そして、前記調停条項と記録中の登記簿謄本の記載を照らし合わせると、相手方が従来所有してきた家屋は、登記簿上東京都墨田区東両国四丁目五番地の十二所在家屋番号同町五番の一木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼居宅一棟建坪二十五坪六合三勺外二階十二坪一合二勺と記載されている一棟の建物であり、調停において抗告人が買い取ることに定められたのは、その一部である建坪十三坪五合六才外二階九坪三合九勺五才の部分であることが認められる。そして、調停条項によれば、抗告人が右建物の一部を買い取ることによつてその部分につき抗告人が独立の所有権を取得することが、相手方において、右の部分から退去しその敷地部分の明け渡しをなすべき義務の生ずるための前提要件となつているのであり、右は前記調停の合意において重要な事項とされていたものと考えられる。

ところで、一棟の建物の一部がいわゆる区分所有権の客体たり得るがためには、その区分された各部分がそれぞれある程度の独立性を有し、その他取引上一個独立の権利の客体として認められるに適する性状を具備しており、またこれを認めることが取引の実情に適合するような場合でなければならないのである。ところが相手方提出の疎第五号証の図面によれば、前記建物のうち抗告人が買い取る部分とその余の部分との境目のところは、その大部分がなんら障壁のない状態であることが一応認められるのであり(このことは調停条項自体からも知られるところである。)調停条項には、相手方において右の箇所に障壁を作るべきことが記載されているけれども、どのような障壁を作るのかは明らかにされていないのである。したがつて、抗告人において前記の部分に区分所有権を取得し得るかどうかは、右の点についての合意ならびに前記両部分の状況を審究したうえでなければにわかに断定し得ないところといわねばならない。

してみれば、前記調停の合意は、場合によつては、一つの重要な前提要件を欠き相手方のいうように無効であるということも考えられるのであつて、もしそれが無効であるということになれば、抗告人から相手方に対する建物退去等の請求権も有効に成立し得ないことになるわけであるから、原裁判所において、相手方が異議のため主張した事情が法律上理由ありと見え且つ事実上の点につき疎明があつたものとして、相手方に保証を立てさせたうえ、本件強制執行停止決定をしたのは相当であり、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 内田護文 多田貞治 入山実)

抗告理由

一、相手方が強制執行停止決定を申請するに当つてその理由としている点を相手方提出の申立書及び補充書により要約すれば、

(一) 本件債務名義たる調停調書(東京地方裁判所昭和二四年(ノ)第五三九号)には第一項に土地賃貸借契約を合意解除する旨、第二項に本件建物を申立人が買取る旨夫々記載されているが相手方としてはその様な合意をしたこともなければ代理人弁護士阿部与三郎にかゝる代理権を授与したこともない。

仮りに右主張が認められないとするもそれは相手方が老令と法的無知によるもので要素に錯誤があつた。

(二) 仮りにしからずとするも(イ)調停条項第二項の内容は本件建物が第三者と申立人各所有の土地に跨つて建築せられているものであるからこれを二個の建物に分割することは社会経済上からも多大な損失でありかゝる内容の調停調書は公秩良俗に反する。

(ロ) 次に一個の建物を分筆登記することは一物一権主義、登記制度に照らし法律的に不能である。

(ハ) 更に買取価格が債務名義からは確定し得ないからそれを反対給付にかゝらしめた内容の債務名義自体も無効である。

(三) 更に仮定主張として買取価格につき合意もなかつたし、鑑定人選任を合意したこともないから執行力は未だ生じないと謂うに尽きるものである。

二、右相手方の主張がいずれも根拠のないものであることは左記のとおり極めて明らかである。

即ち(一)に対しては、

(イ) 本件債務名義である調停調書は当初申立人原告相手方被告間の東京地方裁判所昭和二四年(ワ)第一、六三五号建物収去土地明渡請求事件として係属していたものが調停に付された結果成立したものである。

しかして弁護士阿部与三郎は右本訴調停を通じ一貫し相手方の代理人として適法な代理権限の下に訴訟追行に当つたものである。本件調停の成立した昭和二十五年一月二十六日には右阿部弁護士の外相手方本人は同人の息子山本勝太郎を同道して裁判所に出頭し申立人、同代理人、相手方、同代理人夫々が各自の立場より調停につき意見を述べたが、即時本件家屋の収去を求める申立人の立場からは本件建物の買取を承認した上八年余り先迄明渡を猶予したもので単なる歩み寄りと云うより実質的には申立人が調停委員に説得させられた結果成立したものであつた。

(ロ) 相手方主張の如く土地賃借解除や建物買取について合意がなかつたとか阿部弁護士にかゝる代理権を与えていなかつたかの如き主張は右調停調書の記載に照らし明らかなとおり相手方本人も立会い且つ該調書を東京地方裁判所民事第二十五部調停室において関係人に読み聞かせた処之を承諾した事実に照らし、右相手方の主張は事実を歪曲した根拠の存しないものであることは極めて明瞭である。

(ハ) 次に仮りに右調停成立に当り相手方本人或は相手方代理人において合意したとしても、それは要素の錯誤に基くものであると謂うのであるが、相手方主張の具体的な事実としては相手方本人の老令と法的無知並びに本訴は敗訴すべき筈のものでなかつたとの点を挙げているに止まる。

而して前者については法的専問家である弁護士が相手方を代理し権利主張に十全を尽くしておつた点から全く論拠のないものである。

又後者については調停の性質上理由とし得ないものである。即ち民法第六九六条に之を当てはめて考察すれば争の目的物に関し相手方が明渡の義務を有しなかつた確証が出た場合でもそれを主張し得ないことを明定しており要素の錯誤の例外を規定している。いわんや相手方の主張は明渡義務のないことの確証が何等存在しない事実によつてもけだし当然である。

(ニ) 相手方は偶々前記代理人弁護士阿部与三郎が死亡したことに着目して言を構えるものであるが右阿部を除いて調停成立に立会つた者は全員存命しており如何に相手方が事実を曲げて強弁したとしても全く理由のないものである。

適法に裁判所でしかも両当事者本人が立会つた上成立した調停調書が単に相手方代理人が死亡した一事で容易に覆えされるとすれば由々しいことといわなければならない。

(二)について

(イ) 申立人買取部分を含む本件建物が第三者と申立人各所有の土地に跨つて建築せられていることは申立人もこれを認めるしかして申立人が相手方から買取つたのは申立人所有の土地上に建築せられている建坪一三坪五合六才二階九坪参合九勺五才(本件建物は建坪二五坪六合三勺、二階一三坪一合二勺)の部分、即ち一棟の建物を二分しその一を申立人が買取つたものである。されば右調停条項第二項にはその間に障壁を作ることを明定したものである。

(ロ) 相手方はこれを以つて本件建物の価値効用が社会経済的見地からも許されないとするが、一の物を二分すれば当然その効用が従来のものと比し各二分の一宛になることは事明の理であつて、二分された各一宛が夫々独立の家屋としての価値を保有し得ないものであるならば別であるが、本件の如きは二分された各々が夫々独立家屋として経済的、社会的にその価値効用を全うし得るものであることは相手方提出の図面に照らしても明らかである。むしろ相手方が保有する部分には風呂場、便所、台所が付設せられておることによつても右主張は理由のないものである。

相手方は家がせまくなることを不満とし漫然本件調停調書に不服を申し立てているに過ぎない。

(ハ) 次に建物を二分することは登記制度上からも許されないとするが、分筆し二戸建一棟とし、家屋番号も甲第何号と第何号によつて表示し得るものである。アパートの一室すらにも区分有による各別登記をなし得るとの法律常識を無視した謬見といわなければならない。

(ニ) のみならず、相手方自身家屋を二分しても相手方の保有する部分は店舗兼居宅として充分使用に耐える旨申し述べている(疏第八号証)ことによつても明らかである。

(ホ) 次に買取価格は調停調書には確定していないと主張するが具体的な金額こそ明示していないが、調書第二項からすれば、確定し得べきものであることは極めて明瞭である。

申立人は右条項に従い東京地方裁判所鑑定人に買取価格を鑑定して貰い具体的に金四八〇、五三五円と確定した。(疏第三乃至第五号証)。

(三)について

(イ) 相手方は申立人と相手方との間において、本件建物の買取価額について協定がなかつた旨主張しているが申立人は昭和三十三年十二月十六日相手方に到達の内容証明郵便(疏甲第二号証の一、二)をもつて本件建物の価額協定の申出をしたにもかゝわらず相手方はこれを不問に附し且つその後申立人代理人水本民雄の電話による価額協定の申入にもかかわらず家族で協議する等言を左右にして全然価額の協定に対し誠意がなかつたので申立人は止むを得ず東京地方裁判所民事第十四部に右調停調書に基く本件建物の買取価額鑑定の申立をなし昭和三十四年四月四日鑑定を得るに至つたものである(疏甲第三号証)

尚買取物件の現況価格が金四八〇、五三五円であることは疏甲第七号証によつても相手方が自認しておるところであるにも拘らずこの事実を隠蔽して反対の主張をなすは論外である。

(ロ) 尚相手方は地代を昭和三三年末迄支払つたと主張するが調停条項は右期日を以て土地に対する賃貸借契約を解除しと記載されていることに徴しても明らかなとをり右期日迄の間相手方としては賃料を支払う義務があり、又申立人は賃料を受領する権利のあることは当然のことである。

特に申立人が本件建物の明渡強制執行に着手した直後である昭和三四年四月二五日相手方代理人山本勝太郎は「今までは父は頑固で頑張つていたが現在は諦めていて私に一切をまかせているので必ず明渡す故暫らく猶予されたい」旨附言し本件土地建物の明渡義務があること並びに本件建物の価額が金四十八万五百三十五円也であることを承認し且つ同年五月二十日までに本件土地建物を明渡すことの承認をなしたものでこのことによつても本件調停調書が適法に成立したことを十分承認していたことはきわめて明白である。

三、以上のとおり相手方の主張は或は事実を曲げ或は常識を逸脱した理由のないものであることは極めて明瞭であつて、単に家屋が狭くなり営業に支障をきたしたために殊更に調停調書を否認する方法はないかと案じての策に外ならない。

強制執行を延ばすための一便法として請求異議を提訴本件執行停止を得たものというの他はない。

執行停止決定は別添疏明によつても不法失当なものであることきわめて明らかであるので速やかに取消され度く本申立に及だ次第である。

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